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映画「人生タクシー」

 国民の本音は、消費に敏感なタクシー稼業にこそ眠る。駆け出しの記者時代、ことある度に意見を拝聴させてもらった▼年齢、性別、国籍さえ問わず客を乗せる彼らは、かなりの情報通である。その言葉は政治、経済、事件から性風俗まで下手な専門家の高邁な見識を凌駕し、市井の代表としての金言となることしばしば▼私小説『東京タワー』を大ヒットさせたリリー・フランキーも、タクシー運転手と猥談の一つもできるようになって男は一人前とのことを確かエッセーに書いていた▼イラン映画『人生タクシー』(公開中)は、タクシー車内の密室ドキュメンタリー。ジャファル・パナヒ監督が運転手に扮し、乗客との会話劇を車載カメラでとらえる。映像には、混沌とした国情が生々しく露出する▼〝珍客万来〟。路上強盗、海賊版DVD業者、金魚鉢を抱えた老婦人などが相乗りし、死刑制度と犯罪抑止効果、イスラム法に基づく因習などの議論に口角泡を飛ばす。厳しい情報統制下で、この密室空間だけは言論の自由が守られる▼落とし物の財布を持ち主に届ける監督の善と、タクシーを離れた一瞬の隙を突いた車上狙いの悪が、ラスト画面に交錯する。反体制活動の咎で20年間もの映画監督禁止令を受けている監督は、明快な善悪の行為にイランの失政を見せ、正義はどちらか問う。ジャーナリスティックな筆は健在だ。

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月光浴

 久しぶりに吉報が届いた。東京都内から福岡・糸島半島の古民家に拠点を移した写真家・石川賢治さんからである▼1990年に初の写真集『月光浴』(小学館)を世に出し、累計10万部を超える大ヒットをかっ飛ばした。文化部時代、この名作を連載企画『写真集の狩人』の1回目に取り上げ、縁ができた▼石川さんは電話で、「11日に『月光浴 青い星』(同)を出版し、27日~6月19日に写真展をキヤノンギャラリーS(東京・港区)で開く」と告げる。出版不況の昨今、「売れない本」と不名誉な代名詞をつけられた写真集を出す決断に、同じ紙媒体の新聞社として筆で応援したくなった▼〈名月や畳の上に松の影〉(其角)。畳の上に黒々と広がる樹影は、月光の明るさと強さを読み手に伝える。84年、石川さんも広告写真の仕事で訪れたハワイ・カウアイ島で、その意想外の光度に瞠目した▼散歩した夜の海岸で、月明かりに海、空、雲、そして飛ぶ鳥の羽先まで見えた。満月の光だけで、地球を活写するきっかけとなった。被写体はヒマラヤの山脈、パラオの海底、足元の花と無限に広がり、見る者を科学文明の光源がなかった古の世界へと誘う▼新刊本は、30年間の満月の旅で撮りためたベストショット約90点を収めた集大成である。〝ムーンライト・ブルー〟。青幻な地球の鼓動が静かに聞こえてくる。

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